2018年冬、小倉。Let it Be / 満州里小唄

数列ソファ





夕闇停車場





ルーフ





駐車場





待合
2017 / 12
2018 / 01
写ルンです / Fuji Cardia Travel Mini DUAL-P

2018年、冬の小倉、去年の暮れから捕らわれ滞留を余儀なくされてる場所で。わたし個人に直接関係してくるわけでもないのが幸いなところではあるけど、この生と死が対峙してる場所で足を取られてると写真もまたすべてを飲み込んで逃れようもなく収斂していくこの場所から出られなくなっていく。で、足掻いてみるわけだ。今回の写真はそういう足掻きが色々と見え隠れするようなものになってると自分には見えてくる。そういう場所では捕らわれ淀んでいく状況そのものをあるがままに写し取っていけばいい、淡々と日記でもつけるようにシャッターを切っていけば良いとは思うものの、なかなか達観できない。満州里小唄はこの加藤登紀子のLPに入っていたのを聴いてから好きになった歌だ。歌手本人は左翼の化身のような人でわたしにはまるで賛同できない人種に属するけど、こんな歌を歌ってる部分ではそんなことは関係なくなる。でもあえてこういう戦時下の古い歌を選んでレコードにしたことには、わたしが気づいてないだけで何か左翼的なイデオロギーでもくっついていたんだろうか。気づかせない時点で例え左翼的イデオロギーが入っていたとしても大失敗に終わってるといえそうではあるけど。この加藤登紀子バージョンは今までまるで見つからなかったんだけど、こんなタイトルにしてれば検索には引っかからないわなぁ。検索に引っかかってくるのは知床旅情だとかこういう感じの歌ばかり歌ってるような印象の森繁久彌のもの。それと意外なのはこの歌がジャイアント馬場の愛唱歌だったことか。探せばジャイアント馬場が歌っているのも聴くことができて、あのこもった声は相変わらずだけど愛唱歌だけあって歌いなれてるのか歌は思った以上に上手い。


最後の一節だけが唐突に短調になるのが解せない。明日の望みへと思いを繋ぐ良い部分なのに雰囲気台無し。戦時中のものに明日へと繋がる希望なんかを語らせないと、陰気に転調して台無しにしてやると、これがひょっとして左翼的イデオロギーのささやかな発露なのか。










極私的

近未来的支柱





ボールと縄






青い壁画





回転橋






茫洋とした何か
2017 / 05
Diana Mini
Kodak Tri-X

誰かと共有するつもりもないような極私的な視線。形を成すかなさないかの境界で揺らぐイメージにすらならないイメージ。視線の外周をかすめすぎていく何か。そしてそういう何かを捉えるために焦点をずらす眼と世界。世界は無意味だと、そういう主張をするほどにも意味を持たない、無意味な事物の繋がり渡る集積。後で見て言葉になるのはそんなところなのかもしれないけど、これは本当に後付けで云ってるだけで、撮っている間そんなことを考えてるわけでもないと思う。ぼんやりとした視線ほとんど具体的な事物が目に入らないような半眼で眺める世界の、その世界に茫洋と分け入っていく視線の隅に垣間見えたように思った何か得体の知れないもの。自分ではそういうものの痕跡気配をフィルムの感光面に封じ込めるためにシャッターを切りたいと思っていつもカメラを携えて歩き回ってはいるものの、出来上がる写真の中に見えるものはすべてわたしにとってはいつの間にか既知となったものばかり。期待するのもむなしく得体の知れないものなどどこにも写ってはいない。こういう眼の定めで歩いていると後ろからクラクションを鳴らされるのは常態となってしまって、これは気をつけていないと、とことあるごとに冷やりとして我にかえる。先日四条の十字屋に入ってみて、今はここは一階がカフェ、地下一階が以前の十字屋の面影を少し残す雑貨ショップと成り果てていて、音楽のオーラもほとんどなくなってしまった場所に化してはいたんだけど、まぁそれはともかく何とまぁ様変わりしてしまったものだと思いつつ店内を歩いてる時に目についた12インチのEPレコードのジャケットがあった。エマーソン北村と言うミュージシャンのレコードだったんだけど、ジャケットの写真はどう見てもサブカル狙いの、怪しげで尖がった感性を見せびらかしてるようでどこか薄っぺらい底が見えてるようなものだった。でもこのジャケットでどんな音がおさまってるのかちょっと興味が出てきて帰ってからYoutubeで探してみたら、出てきたのがこういうものだった。



十字屋でみたレコードに入ってるものでもなさそうだったけど、意外と音は、こういうものにありがちなモンドミュージックっぽいところも希薄で、ふわふわした優しげなラウンジミュージックのような雰囲気。このある種気持ちのいい音の連鎖はあのジャケットで妙な期待を抱いてしまうと肩透かしをくらいそうだ。ちなみに十字屋でみたジャケットはこういうものだった。



最近ちょっと音楽づいてる。ウクレレなんていうのを衝動買いしてしまった。これでストレンジャー・イン・パラダイスだとか、リバー・オブ・ノーリターンだとか、好きな曲を弾けるようになりたいな。




もうほとんど最初から壊れてるといってもいいような破綻カメラ。一台で真四角フォーマットとハーフサイズが、フィルムを入れ替えずに撮影途中で切り替えられるなんていう、妙に豪華な仕様になってるのがまるで不釣合いにみえる。





浅い夢 / 夢の書物

浅い夢の夕暮れ





窓辺の人





ポスター





光る自販機





組紐生物
2018 / 02 小倉
2015 / 10 近所
CONTAX T3 / Olympus Pen E-P5
Fuji 業務用400

以前小椋の干拓池跡で疎らに鉄塔が建つだけの地平線と逆光が零れ不安に広がる雲を撮った写真を載せたことがあって、その時は確かジオヤーさんだったと思うけど、まるで夢の中で見た光景のようだといったコメントを貰ったことがあった。ジオヤーさん最近ご無沙汰だけど元気にしてるかな。で、この雲の写真を眺めていてそんなことを思い出し、これもまた浅くまどろむ夢の中でいつか訪れたに違いない場所だと思って、こういう纏め方にしてみた次第。他の写真もどこかそういう雰囲気を持ってるように思うものを選んできてる。ただ内在させてるイメージ空間の輪郭がはっきりとしてるせいか、浅い夢の中でかすかに覚えてるような茫洋とした質感はあまり感じられない写真だとは思うけど。逆に目に写るイメージがはっきりと輪郭を持っていてもその内在させてるイメージ空間は茫洋としてつかみどころがない触感を持ってるっていうのもあるとは思うし、狙うならそういうもののほうが含みが多いものになりそうな気がする。他人が語る夢の話が好きだ。夢と云っても将来何になりたいとかそういう類の夢じゃなくて、まどろむ中で垣間見てしまうような類の夢、じっとりと汗ばんでくる微熱を伴ってさ迷い歩いてるような、ふらふらと息苦しくて地に足がつかない、奇妙で夢魔的な空間や、意味へと届きそうで届かない断片的な物語。そういうのを聞いたり読んだりすると、獏とした不安、見てはいけないものを見てしまったかもしれないという薄気味悪い後味、毛穴がざわめくような感じといったものを享受できたりする。他人の夢なんか関わりが持てるような繋がりがまるでない、所詮他人事の最たるものだと思う人もいるだろうけど、わたしは積極的に関係が持てる。こういう感覚において他人の夢の話には興味深い繋がりを持ちえることがある。まさにシュルレアリスム的な興味だろうと思う。他人の夢を垣間見るという観点で、わたしの好きな書物が何点かある。たとえば赤瀬川原平の「夢泥棒」たとえばつげ義春の「つげ義春と僕」といったもの。これは本当に睡眠時に見た生々しい夢の記録を纏めてある。赤瀬川原平のほうは何しろもう一つの顔が画家なわけだから、文章と絵を総動員して見た夢の視覚的な再現伝達には半端じゃない労力を費やしてるようだ。つげ義春のほうはこの書物に収められた一つが夢に関するものだった。こちらは後に漫画作品へと姿を変えていったものもあって、生々しい夢からどうやって作品へと形を整えていったか窺い知れるところもあるのが興味深い。アンリ・ミショーは夢とはちょっと違うかもしれないけど、メスカリンやLSDを服用してどういう世界を垣間見ることが出来るか自分の体を実験台にして記述していった書物だ。「荒れ騒ぐ無限」というタイトルが本当にかっこいい。ただこれは相当ぶっ飛んだ人体実験の内容なのに、医師の監視の下とはいえ危険な薬の力を使って精神の、脳髄の未知の領域へと踏み込んでいく話なのに、そんなに云うほどぞくぞくしなかった記憶がある。まぁ読んだのは大昔のことなので今読み返してみるとまた違った印象を持つかもしれないけど。夢といえば大御所の内田百間の掌編夢魔小説やその師匠たる漱石の、怪談として秀逸な第三夜を含む「夢十夜」なんかもある。見渡してみれば夢そのものを扱い多方面に枝を張った巨大複合分野なんていうのが成立しているようで、夢というのは興味の対象としては古臭いようでもいつも気になる結構大きな存在なんだろう。











ちなみに漱石の「夢十夜」は青空文庫にあった。




青い光

テニスコートの隅で





点と線





犬と橋






草木の地






陸橋を潜る

2015 / 04 山科
Nikon FM3A / Konica Big mini F / Fuji Tiara
Fuji Provia100 / Kodak SuperGold 400 / Fuji C200

2015年、桜を撮りに春の山科疎水の辺りを歩いていた頃に撮った写真。去年の夏大津へ行くのにJRの山科駅を通過する時、電車はこの小高いところを流れる疎水の縁と展望台の一部が見える山裾を回り込むように通って、そのたびにそういえば最近ここへは降りてないなぁと思ってた。それにしても撮ってからしばらく経ってるのに写真を見ればこの辺りを歩いていたのがまるで昨日のことのような思い出せる。こういうのは小難しいことを考えて撮ろうがどうしようが、やっぱり写真の大きな効用のひとつだろう。今回はどうやって纏めようか思いつかずに放置していた写真を集めてみた。最初の写真は撮った時からこの色合いで頭の中にインプットされた写真だった。一応今回の代表としてこの写真から青い光なんてタイトルにしてみたけど、これは青じゃないといえば青でもない微妙な色だなぁ。ましてや光じゃなくて壁の色だろうなんていうことは口が裂けても云わない。光といえば最近ソニーのデジカメのCMでネイチャーフォトグラファーとか云う人が出てきてやたらと光がどうしたこうしたとかっこつけてカメラ構えてる姿を背景にして云ってるのを見たけど、写真撮ってる人がこういうことを云ってしまうのは傍から見て陳腐だなぁと思った。写真撮っていればそんなことは当たり前のことなのに、当たり前のことをいかにもドラマチックに大層に云うのはどちらかと言うとかっこ悪い、とこれは自分に向けての感想でもあったりする。二枚目のはこれはちょっと極端かと思って出しそびれていたもの。でも極端化と曖昧化は表現の有力な手法だと信じてる。私事であまり自分の時間が取れない、しかもストレスかかり放題の環境になってしまって、時間の隙間を作ってはたまにカメラ持って出かけても気分的に写真を撮れなくなりつつある。そのうえ撮影行為には迷いばかりが増大してそういう気分を増幅しようとしてくる。時間のほうは仕方ないにしてもこういう時は立ち戻るべき写真といったものが、色々な外圧がその陰のうちに隠してしまおうとするもの、忘れそうになってる何かをもう一度手元に呼び起こす役に立つんじゃないかと思う。そういうものを自分の捉われてしまった枠組みを外れて自分が影響を受けた外部の写真に求めるなら、自分にとっては今だとスティーブン・ショア辺りか。ローライ35を片手にアメリカを広く旅して、目についたもの建物ウィンドウディスプレイテレビ地平線ホテルでの食事汚れた便器出会った人などをとにかくひたすらに撮り続けて纏めたAmerican Surfaces。コダックの現像袋を模したカバーに入れてあるというギミックも楽しいこの写真集が砂漠に染み入る水のようにわたしの皮膚を通して今のわたしに親和性を呼び起こしてくる。ローライ35という、云ってみるなら写りのいいお手軽コンパクトカメラで手当たり次第に、でもそういうことをやること自体がコンセプチュアルな行為ではあるんだけど、それでも見たものをとにかく切り取っていく撮影行為は小難しいことを考えがちな時には引き返してくる道をいつも暗示してくれるように思う。ただいつも書いてることだけど、どんな撮影行為をとるにしても最終的には美しい写真として完結させること、それはポップアートやサイケデリックなどを横断した眼にはたとえ退屈さや奇矯なものに積極的に裏打ちされてはいても明確な美意識として存在するものなんだけど、American Surfacesは、あるいはスティーブン・ショアの写真はこういう部分をいつもきっちりと足固めしてるような写真として眼に映る。ただそのことによって自分にとってはスティーブン・ショアの写真は立ち戻るべき写真の姿の一つでありながら回りは登り難い壁で固められてるような印象ではある。








冬の日高くのびるもの、その掌に陽光を掴む / 加藤和彦 - ユエの流れ

陽光を掴む





枝道の終端で
2017 / 11 蹴上
Fuji Naturaclassica / Natura1600

要するにひたすら美しい写真を撮ろうと画策する今日この頃、もうこれだけあれば十分というか、コンセプチュアルにあれこれ仕込みをしても、結局のところこれを欠いてはいくら大層なコンセプトでも話にならないと、そんなことをよく考える。風光明媚とか手垢にまみれた美しさには興味はないけれど、そういうものとはまた別種の美しさを何の変哲もないもののあらゆる細部から見出してみたい。世界を秩序づけるものは美しくあることそれだけで十分と、穢れた世を見るくらいなら見えないほうがましと眼を潰してしまったオイディプス王の如き勢いでファインダーを覗き込んでみたいものだと思う。
去年の後半に久しぶりに蹴上のほうに行って、インクラインの南側、神明山山中のパワースポット日向大神宮(ひむかいだいじんぐう)へ登っていく途上あたりで撮ったもの。一枚目は空間の質感、二枚目は壁面の表情とディテールの写真といったところか。二枚目のは山の上のほうへ伸びてる半ば私道のような雰囲気の枝道を誰一人通っていないのをいいことに上って行った行き止まりにあった建築物だった。何か道そのものが用もないのに入ってくるなと主張してそうで、こういう道は図らずも迷い込んでしまったという風を装っても、歩いていてドキドキものだ。そしてこういうのを撮ってるとわたしの場合シャッターを切ったとたんに家から住人が出てきたり、外出から帰ってきた住人に鉢合わせするからシャッター切ったらすぐに退散することにしてる。
この日は九条山の浄水場の廃墟を撮ろうと思って行ったものの、以前同様にフェンスに阻まれて大して近寄ることも出来なくて結局一枚も撮れずじまい。隣接するヴィラ九条山もどう見ても放置されたままとしか見えない廃墟振りを晒していたけれど、浄水場とあわせてこのあたり一帯の樹木の刈り込みに作業員と車が散見できて、時折の鳥の羽ばたく音くらいしか聴こえない、終末世界を連想させる人っ子一人いない静寂の空間が台無しだった。今回の写真を含めてこの時は視線に引っかかるようなものもなくほとんどシャッターが切れなかった。
日向大神宮からさらに山の奥へと入っていく道を辿ってみようかとも思ったものの、やってきたのが午後を結構すぎていたので、これも断念してしまった。もう一度行ってもいいけど、この辺りはちょっと見慣れすぎているせいか、山奥に入ってみる以外に行動範囲を広げられないような気がして二の足を踏んでる。

☆ ☆ ☆

甲斐よしひろのカバーばかりが引っかかってくる中で、ニコニコにフォークルバージョンを見つけたので再掲載してみる。以前に一度載せてるはずだけど間違いなくリンク切れしてると思う。
フォークルはこういう歌を発掘してくるのが上手くて一番有名なのはイムジン河だろう。わたしはイムジン河同様にこの曲が好きなんだけど、イムジン河のビッグネームに隠れてしまってるような感じなのがもったいないと思う。
ベトナムの恋歌のように見えながら、作曲は意外なことに日本人。須摩洋朔という人で戦時中は軍楽隊に、戦後はNHK交響楽団のトロンボーン奏者を勤めた人らしい。
ユエの流れはこの人と筒美恭平の合作だというこれまた意外な名前が現れてくる。
オリジナルを歌ったのはマリオ清藤という歌手。またカバーとしては元ちとせが歌ってるものもある。